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2017年3月31日 (金)

#森友学園 より #拉致被害者全員奪還 救う会全国協議会ニュース(2017.03.31)拉致被害者救出運動20年特別集会記録5

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★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2017.03.31)拉致被害者救出運動20年特別集会記録5

■拉致被害者救出運動20年特別集会記録5

西岡 松本京子さんは、29歳で拉致されて今68歳になります。1947年、
昭和22年1月生まれの、今ここにいらっしゃる孟(はじめ)さん、そして48
年9月生まれの京子さん、50年生まれの弟さんの3人兄弟で、3人とも歩いて
5分とかからない近くの学校に通っていた。年子の妹の京子さんの思い出を孟さ
んはこう語っています。

 まあ喧嘩だけはよくしました。もう顔を合わしたら喧嘩をしている。それが兄
弟でしたね。でも京子の同級生に聞くと、京子はおとなしくてもの静かだった。
割とおだやかで、誰とでも遊んだし、面倒見のいい、どっちかというと義理堅い
表現なんですね。そう聞いても私はちょっと想像がつかないんです。いつも喧嘩
ばかりしていたから。喧嘩と言っても口喧嘩ですが、私は口ではかなわなかった。
京子はもうしゃべりますからねえ。だけど別に仲が悪いというわけではない。意
地を張ってどうこうするわけでもない兄弟ですから。

 社会人になって自分で稼ぐようになった京子さんは旅行などによく出歩くよう
になった。孟さんが思い出すのは、京子さんが舟木一夫のファンだったことです。
当時若い女性に絶大な人気を誇った。わざわざ兵庫県まで舟木一夫の公演を見に
行った時の写真が今も残っているそうです。孟さんお願いします(拍手)。

◆私たちは本当に今年が最後の年になるかも

松本孟(松本京子さん兄)

 みなさんこんばんは。こんな遅い時間までご苦労様です。

 妹は身体だけは元気で、大きな病気をすることなしで育ちました。妹がいなく
なった時に一番心配したのは母親で、私たちは三人兄弟で、どこの家も一緒だっ
たと思いますが、一人いなくなってもどうってことないなという軽い気持ちでお
りました。

 でも現実に帰ってこないとなると、これもまた心配なものでして、どうなった
のか全く分からずに月日が過ぎてしまった。本当に探しようがなく、途方に暮れ
た中で探せなくなっていく。そんな中で母親だけは心配をする。本当に残念なこ
とですが、今日まで一生懸命探し、心配もしましたが、未だに帰らない。

 妹が北朝鮮で元気に暮らしているというだけのことしかまだ分かっていません
が、家族として、何としてでも助け出さなければならない。私たちは本当に今年
が最後の年になるかもしれません。

 運がよければ来年も探す機会があるのかもしれませんが、今年は何とか日本に
帰れるようにしてやらないと、いつまでもこの状態が続いてしまう。そうすると
ずるずると深みにはまってしまい助けられなくなってしまう。そういう心細い心
配は絶えずしています。

 本日ここにお集まりの方々は、私の妹だけでなく、家族会の関係、そして特定
失踪者の方々が、一日も早く全員が帰ってこれるように是非お力添えをお願いし
たいと思いますので、宜しくお願いいたします(拍手)。

西岡 田口八重子さんは22歳、今60歳。私と同い年です。北朝鮮で2年くら
い一緒に暮らしていた地村富貴恵さんはこう言っています。

 背が高くて、都会的なイメージで、同い年とは思えないくらいおとなっぽい感
じでした。でも話してみると甘えん坊で無邪気な面もたくさんありました。私が
関西弁に近い話し方なので、「あかん」、「しらん」なんていうと、「簡単でい
いな」とまねしたりしていました。北の南浦港に着いた時、政府の人に、「私に
は子どもが二人いてどうしても日本に帰らなければならないので帰してほしい」
と何回も言ってお願いしたそうです。しかしその人は、「なんでこんな人を連れ
てきたか分からない」と言っていたそうです。だから八重ちゃんの思いは、最初
から最後まで子どものことでいっぱいでしたし、今でも間違いなく上の娘さんが
いくつになっているか、耕ちゃんはいくつになっているかと毎年計算していただ
ろうし、どんな大人になったのか知りたいだろうし、会いたがっていると思いま
す。初めて会った時から子どもがいることも話してくれました。南浦港について
半年も、牡丹峰(モランボン)招待所に一緒に暮らしていた時に聞きました。そ
の頃2階に映画館があったので、1週間に1、2回映画を見ました。「革命映画」
と言って、普通のお母さんが革命のためだと赤ちゃんを姑に預けて、鉄砲をかつ
いで戦いに出る時、赤ちゃんと別れるシーンがあったのですが、その度毎に八重
ちゃんは泣きました。自分と重なってとても悲しかったのだろうと思います。お
酒を飲む機会があったりすると、子どものことを話してくれるんですが、すごく
つらそうに話すので、私はどう声をかけたらよいか分からなかったです。お母さ
んが佐渡出身で子どもの頃よく遊びに行ったこと、自分は末っ子なのでみんなが
大事にしてくれたことなどを教えてくれました。特に上のお兄さんには子どもを
見てもらったりして、とてもありがたかったと言っていました。正確には、お兄
さんの奥様に感謝していたようです。離れてみて、一層ありがたみが分かったよ
うでした。

 本間さんお願いします。

◆帰しても反北運動をするような人はいないのに北は帰さない

本間 勝(田口八重子さん三兄)

 本日はお越しいただきおりがとうございます。

 私と八重子の関係は、7人兄弟の中で私は上から三番目の兄なんですが、八重
子は一番下で私とは11歳離れています。八重子は昭和30年生まれです。西岡
先生と同年齢。ここにいればこのような年齢に達している。もう61歳というこ
とになるわけなんですが、母親が拉致をされた。1歳と3歳の子どもを残して。
1歳といえば乳飲み子でまだおっぱいにしゃぶりつく年齢です。

 結果的にはだまされて連れて行かれたと思うんですが、北朝鮮に上陸した時は、
色々な手段で訴えたんでしょうね。向こうはだまして連れてきた以上は帰せない
ことから、工作員教育とか工作員への教育とか、向こうの都合で利用していった
んだと思います。

 私はあまり八重子とは接点がなかった。ここに小さい時の写真がありますが、
母親の実家である佐渡に法事でお墓詣りにいく時等、八重子のすぐ上のお姉ちゃ
んと二人の子どもを連れてよく母親が帰っていました。そういうことで、小さい
時から佐渡になじみがあるわけです。

 八重子は失踪直前にも佐渡に立ち寄ったという情報もあります。佐渡にはいと
こがいるわけで、いとこに会いにいきたいとか、八重子自身も佐渡にはかなり気
持ちがあるわけです。帰ってくれば、また佐渡に行きたいと言うと思います。

 北朝鮮が拉致被害者を帰さないのは、北の情勢をよく知っているから。めぐみ
ちゃんもそうなんですが、北の中で金正日の生活、夜中のパーティとかを、見て
はいけないようなことを知ってしまったというようなことが、このまま帰してし
まうと、ということで帰されない。

 2002年に小泉訪朝で戻ってこられた人たちは、帰国してもう15年も経っ
ているわけですが、決して反北の情報を言ったり、反北運動をしてはいません。
だとすれば、日本人拉致被害者を帰しても安全だと、そう感じてもらえればいい
わけです。

 私たち家族は、もし帰ってきたら北に不利な情報は言わせませんよと。平々凡
々と当たり前の生活に戻ってくれればという願いでいますので、金正恩が日本人
を帰しても安全なんだと、反北運動を起こすようなそういう人たちはいないんだ
ということで、安心して帰してほしい。それが帰ってくる一番の道筋かなと思い
ます。僕は北が帰さないのはそこに尽きると思います。

 もし金正恩が帰国させないという決断をするのであれば、私たちは徹底的に戦
うという気持ちでいます。国会議員の先生たちも色々アクション・プランを考え
て、戦うプランを考えていて、これからの成り行きによってはただじゃおかない
よということです。

 拉致の原点というのは、朝鮮総連がからんで北に指示された通りに動いて、協
力した人間がたくさんいて、それも誰も逮捕されないような状態になっているわ
けですから、当然、朝鮮総連の解体、それと日本からの技術移転、核・ミサイル
の技術を持っていっているわけですから朝鮮大学校や朝鮮学校のような、日本の
利益にならないような学校は閉校も認められるようにする。

 ミサイルが飛んできたら当然撃ち落とすと、絶対的に戦う姿勢をガンガン示す。
そういう行動を日本政府がしてくれれば、北だってばかじゃないですから考える
と思うんです。軍事力に頼るだけの金正恩ですから、北を統治するにはこのまま
でいいわけではないんです。

 それが分からないような金正恩だったら、人民もあきらめて、暗殺されてしま
えというような気持ちになって、北朝鮮の中の組織でも蜂起してしまうようなこ
とにつながってしまうわけです。

 この20年という長い月日の中で、奪還することを色々考えていただいて、政
府には頑張っていただきたいという思いです。宜しくお願いいたします(拍手)。

(6につづく)

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発行:北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)
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担当:平田隆太郎(事務局長 info@sukuukai.jp)
〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905
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